話すべきなのは病気なのか彼女なのか
2-35話です。
彼からのメールを読んでいます。
前回の話はこちら↑
次に、さき5の事について短く書かれていました。
概要は…
今回の事について、さき5は悪くない。
HにOKを出したさき4(川本)と受け入れてしまった貴方。そして、さきがこんな事になるまで放っておいてしまった自分が悪いのです。と。
次は謝罪について。
先のメールで謝罪はしません、と言う内容のメールを送った事には大分腹を立てているようです。
合意のうえならOKだろうと言うこちらの主張については、「人間性の底が見えました」とか「こんな価値観で大丈夫ですか?」等、喧嘩腰の文が続きます。
そして…
「貴方は病気を理解できていません。逆に病気を利用しています。」
この内容には、とても残念でした。
罵倒された事がではなく、彼の考えている事が、です。
ずっと彼についてひっかかっていた事が自分なりに理解できました。
ちょっと長くなりますが、まとめてみたいと思います。
多重人格と言う病気については専門家に意見を聞いた訳ではありませんが、自分なりに色々と調べました。
医療関係に勤めている知人にも話を聞きました。
ですが、まだ認識としては甘いと言うのはわかっています。
多重人格と言う症状については、まだまだ分からないところが多く、医療関係者の中でも懐疑的な人が多いそうです。
知人は「関わらない方が良い」と言いました。
さらに話は反れますが、川本と会う以前にも、精神疾患を持つ方とチャットで話した事があります。
今では無くなっていますが、某チャットサイトに精神疾患を持つ方が集う部屋があり、ちょっとした好奇心で入ってみた事があるのです。
その部屋の住人達は、自傷癖のある方や不眠症、鬱病の人等様々でしたが、自分は精神病を患っている訳では無いと正直に言っても、快く参加を許可してくれました。
その部屋のチャット内容を一言で言えば、「とても穏やか」でした。
共に同じ悩みを共有しあう仲間通しで存在する暗黙のコミュニケーションと言うか何と言うか、不思議な感じでした。
もっと悲惨な内容の会話がメインかと思っていた自分が恥ずかしいです。
それから暫くその部屋に通っていたのですが、ある日、鬱病や精神疾患の人にはどの様に接するのが良いのか?、と尋ねてみた事があります。
その問いに住人達は快く答えてくれました。
否定をしない事、励まさない事。
「頑張れ」は禁句である事。
そして「病気だからと言って特別扱いしないで、話を沢山聞いてあげて」と。
これらの発言には軽い衝撃を受けました。
深く納得しました。
そして、もし同じような病で悩んでいる人がいたら、微力ながら助けてあげようと思い、ずっと覚えていたのです。
川本とチャットをするようになってから、これらの発言を忘れた事はありませんでした。
ただ、川本の発言について否定をしない事は大事な事だと分かっていますが、我侭し放題であると場はまとまりません。
あまりに行き過ぎた発言が多い場合には、やんわりと注意をします。
やんわりと言っても分かってもらえない場合は、少し強く言います。
その結果がどうなるかは、この話をここまで読み進んでいる方はご存知だと思いますが、人格が変わってしまうのです。
どこまでが許せるのか、どこからが注意できるのか。
そして、どういう風に言えば一番効果的なのか。
そんな試行錯誤の繰り返しでした。
話が反れまくりましたが、元に戻します。
自分は「多重人格者」ではなく、「川本」とどう接するのがベストなのだろうと考えてきましたが、一番彼女の理解者だと思っていた川本の彼氏が、「病気」と言う言葉を連発するのがとても残念だったのです。
もしも自分の彼女が多重人格者だったら、と、今まで何度も何度も考えてきましたが、病気と言う言葉は誰に対しても使用しないと思います。
多重人格者の彼女では無く、彼女が多重人格なのです。
語るべき事は病気では無く、彼女についてになるべきです。
今まで彼の発言の中で時々引っかかっていた「何か」がようやくはっきりと分かりました。
恐惶謹言
続きはこちら↓